前橋地方裁判所 昭和44年(ワ)171号 判決 1971年2月09日
原告 菅野義章
右訴訟代理人弁護士 渡辺洋一郎
被告 株式会社 毎日新聞社
右代表者代表取締役 梅島貞
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 菅野勘助
主文
一 被告株式会社毎日新聞社は、原告に対し、毎日新聞朝刊群馬版の広告欄右端最上段に別紙(一)記載の謝罪広告を、二段ぬき七センチメートル幅で、表題を四号ゴジック活字、「株式会社毎日新聞社」および「菅野義章殿」の部分を五号明朝体活字、その他の部分を六号明朝体活字をもって一回掲載せよ。
二 原告の被告株式会社毎日新聞社に対するその余の請求および被告甲野一郎に対する請求はこれを棄却する。
三 訴訟費用中、原告と被告株式会社毎日新聞社との間に生じたものはこれを二分し、その一を原告の、その余を同被告の負担とし、原告と被告甲野一郎との間に生じたものは原告の負担とする。
事実
第一当事者の申立
(請求の趣旨)
一 被告らは原告に対し、各自、別紙(二)記載の謝罪広告を毎日新聞、朝日新聞、読売新聞の各朝刊群馬版および上毛新聞の朝刊社会面の各下部広告欄右端上段二段一〇センチメートル巾に、本文は五号活字、その他の部分は三号活字(ゴジック)をもって、本文の行間は〇・四センチメートルあきとして、各一回掲載せよ。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決を求める。
(請求趣旨に対する被告らの答弁)
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第二当事者の主張
(請求の原因)
一 被告株式会社毎日新聞社(以下「被告新聞社」という)は日刊新聞たる毎日新聞の発行を業とする会社であり、被告甲野は被告新聞社に雇用され同社前橋支局に勤務している新聞記者である。被告新聞社は、昭和四四年五月八日付同新聞朝刊群馬版の右上隅部トップに、被告甲野の取材、執筆に基き、「県立スポーツセンター結婚披露で改修遅れる」とのカット白抜きの見出し、「市議の使用申込に貸す」「選手強化練習も延期」との四段抜きの見出しのもとに、ライン引き作業を撮影した写真を添えて、別紙(三)記載のとおりの内容の記事(以下「本件記事」という)を掲載し、群馬県下に頒布した。
二 原告は、昭和三三年京都大学法学部を卒業、昭和四三年四月より前橋市において弁護士を開業、昭和四四年二月前橋市市議会議員に当選し、現在弁護士として活動するとともに、市議会議員として前橋市の発展のために努力している。
三 本件記事は、一般読者に対し、あたかも原告が市議会議員である地位を利用し、公共の迷惑もかえりみず横車を押して、無理矢理県立スポーツセンターを自己の結婚披露のために使用し、それが原因となって同スポーツセンターの改修工事が一週間遅れ、そのため五月に予定されていた前橋商業高校バレーボール部の同所における強化練習が延期となり、ひいては高校総合体育大会の運営が妨害されたかのような印象を与えるものであるから、これにより原告の名誉は著しく毀損された。
四 このように、被告新聞社の被用者である被告甲野は被告新聞社の事業の執行につき違法に損害を加えたのであるから、原告は被告両名に対し、右損害の賠償に代え原告の名誉を回復するために、各自、毎日新聞、朝日新聞、読売新聞および上毛新聞紙上に請求の趣旨第一項記載のとおりの謝罪広告を各一回掲載することを求める。
(請求の原因に対する被告らの答弁)
請求原因第一項記載の事実は認める。第二項記載の事実中原告の経歴および身分は認めるが、その余の事実は不知。第三項記載の事実中、原告の名誉が毀損されたとの事実は否認する。第四項記載の事実中被告甲野の行為が被告新聞社の事業の執行であることは認める。
(被告らの抗弁)
一 本件記事は公共の利害に関する事実に係るものであり、被告らはもっぱら公益を図る目的でこれを取材、執筆掲載したものであって、かつ、掲載された事実は五月に前橋商業高校バレーボール部の強化練習が予定されていたとの点を除きすべて真実なので本件記事はその主要な部分が真実と言える。従って新聞報道の迅速性の要請からして、被告らの行為には違法性がない。
二 被告らは、できる限り関係者から事実を聴取し、慎重に検討したうえ、本件記事の内容を真実と信じて執筆し、掲載したものであるから、真実と信ずるについて過失がない。
三 被告新聞社は、昭和四四年五月二〇日付同新聞群馬版に「工事遅れなかった」の見出しのもとに、前橋市議会の各派交渉会における原告の本件に関する弁明を報道し、さらに同月二六日同版の評論記事「利根週評」中に原告の主張をとりあげて掲載したのでこれによって原告の名誉は既に回復された。
(抗弁に対する答弁)
一 抗弁第一項記載の事実は否認する。もっとも本件記事中、原告が三月上旬に県立スポーツセンターに対して四月二九日に同所を結婚披露のために使用すべく申込んだこと、同日同センターで原告の結婚披露パーティーが行われたこと、同センターが高校総合体育大会のバレーボールコートになること、工期の点を除き同センターは床の改修工事を行なう予定で業者に発注ずみだったことおよび右改修工事が五月七日に終ったことは真実である。しかしその他の記事、つまり本件記事の主要部分は虚偽であった。
二 同第二項記載の事実は否認する。
三 同第三項記載の事実中、被告ら主張の記事が掲載されたことは認めるが、その余の事実は否認する。かえって被告新聞社は昭和四四年六月二三日付毎日新聞群馬版の「利根週評」中で原告を侮辱し、原告の名誉を回復する意思のないことを明らかにした。
第三証拠≪省略≫
理由
一 本件記事による名誉毀損
被告新聞社が毎日新聞を発行している会社であり被告甲野が被告新聞社に雇用され同社前橋支局に勤務している新聞記者であること、昭和四四年五月八日付同新聞朝刊群馬版の右上隅部トップに被告甲野の取材執筆に基く本件記事が掲載され、これが群馬県下に頒布されたことおよび原告が昭和三三年京都大学法学部を卒業し昭和四三年四月より前橋市において弁護士を開業昭和四四年二月前橋市市議会議員に当選したことは、当事者間に争いがない。
本件記事は、「県立スポーツセンター結婚披露で改修遅れる」および「市議の使用申込に貸す」「選手強化練習も延期」との見出しのもとに、ライン引き作業を撮影した写真と共に、これを通読すれば、その掲載内容からして、一般読者に対し、次のような事実があったとの印象を与える記事であることが認められる。
① 前橋市議である原告が、四月二九日に県立スポーツセンターにおいて結婚披露パーティーを開き、前橋市長、県議ら六百人が出席したこと。
② 原告は三月上旬に同センターに対し、四月二八、二九両日の使用を申込み、同センターは同所が高校総合体育大会のバレーボールコートになるため四月中旬から月末まで床の改修工事を行なう予定で業者にも発注ずみだったのでこれを断わったが、四月上旬に藤口県体育課長から「貸してやれ」との電話があり、さらに同月中旬に原告から「話をつけてもらうため、知人の県議にそちらへ行ってもらう」と電話でいってきたので、同センターではやむをえず工事を中止し、センターの床にシートをかぶせて貸すことにしたこと。
③ そのため、改修工事が遅れ五月一日から工事を再開し、七日になってやっと目鼻がついたが、五月に同センターで予定されていた前橋商業高校バレーボール部の強化練習は中止になったこと。
本件記事の一般読者は、本件記事により右のような事実があったとの印象を与えられ、とくに見出しの記載が断定的であるので、その結果、原告が市議会議員である地位を利用して県立スポーツセンターに対し圧力をかけ、同センターとしては床の改修工事計画があるので貸したくない意向であるのを無理に借り、自己の結婚披露のために使用し、それが原因となって右改修工事が一週間遅延し、そのため、五月に予定されていた前橋商業高校バレーボール部の強化練習が延期となってしまった、原告は議員であることをかさにきて公共の迷惑をかえりみず横車を押す人間である、との批判的な印象を受けることは否定できない。従って、本件記事により原告に対する社会的評価は当然低下すると考えられるから、本件記事は原告の名誉を毀損するものである。
二 本件記事の真実性
本件記事においては、前記一の①ないし③記載の各事実がその主要な部分であると認められ、原告の名誉は①を前提とした②、③の各事実によって毀損されるのである。以下順次その真実性を検討する。
右①の事実については、原告が四月二九日に県立スポーツセンターにおいて自己の結婚披露パーティーを行なったことが真実であることは当事者間に争いがない。
同②の事実については、原告が三月上旬に同センターに対し四月二九日に同所を右パーティーのため使用することを申込んだこと、同センターが高校総合体育大会のバレーボールコートとなる予定であったことおよび同センターは床の改修工事を行なう予定で業者に発注ずみだったことが真実であることは当事者間に争いがない。≪証拠省略≫によれば、原告は同センターに対し当初四月二日の使用を申込んだが予約済みのため断わられ、次いで四月二七日の使用を申込んだが同日は既に民謡大会の開催が決まっていたのでこれも断わられ、四月一三日に原告の義父永井寿雄が同センターを訪れた際、同センター館長田島辰次は右永井に対し同センターを使用すればテーブルの設置等に費用がかかるからと再考を促したが同人のたっての希望により口頭で同人に対し二九日の使用を承諾したこと、その後、準備のため二八日の午後五時から九時までも貸すことにしたこと、同センターでは一月に昭和四三年度中に床の改修工事をする予定をたてたが、三月上旬に至り四月一四日から二週間改修工事を行なうことに予定が変更されたこと、その後(四月一三日以前)、四月二七日に民謡大会を開催することが決まり、また同月一四、一五両日に群馬大学新入生のオリエンテーションが行なわれることが決まったため、五月上旬には使用計画がなかったところから、同センターでは業者と話し合って改修工事を二期に分け、第一期は四月二一日から二六日まで、第二期は五月一日から一〇日までとするように計画を変更したこと、さらにその後、五月三日に市主催の子供の集いを行なうことが決まったので第二期工事を同月五日から一〇日までと変更したこと、四月一三日頃に原告が知人である川添県会議員に対し同センターを借りられるように口添えを頼んだこと、県庁の藤口体育課長が同センターに対し原告に貸してやってくれないかとの電話をしたこと、原告が同センターを使用した際床にシートをかぶせたが、工事中であるとないとを問わずスポーツ以外に土足で使用する場合には床にシートをかぶせる扱いであることおよび同センターはスポーツ以外の催しに使用することが認められており、またしばしば使用されていること、以上の事実が認められ(る)。≪証拠判断省略≫。そして、原告が同センターを使用した四月二八、二九日の両日に改修工事の計画があったこと、それ故に同センターでは右両日原告に使用させることを望まなかったにかかわらず、原告が市会議員であり県会議員や県体育課長の口添えがあったがために、やむをえず工事を中止して原告に使用させることにしたとの事実は、≪証拠省略≫によってもこれを認めるに十分でなく、他に右事実を認めるにたる証拠はない。
従って本件記事中前記一の②記載の事実については、その事実中原告の名誉を毀損する部分であるところの、四月二八、二九両日に同センターでは床改修工事の計画があった、にもかかわらず県体育課長から「貸してやれ」との声がかかり、原告からも「話をつけてもらうため、知人の県議にそちらへ行ってもらう」との電話があったがために工事を中止して原告に使用させることにしたとの点、すなわち一般読者に原告が市会議員の地位を利用して県立スポーツセンターに圧力をかけたとの印象を与える重要な点について、真実であるとの証明がないことになる。
同③の事実については、、同センターの床改修工事の終了したのが五月七日であるとの点が真実であることおよび五月に同センターで前橋商業高校バレーボール部の強化練習が予定されていたとの点が真実でないことは当事者間に争いがない(もっとも本件記事は改修工事について「七日になってやっと目鼻がついた」との表現をしているので、読者に工事は七日にはまだ終了していないと解釈される余地はある)。また≪証拠省略≫によれば、前橋商業高校バレーボール部は同センターに使用の申込をしていなかったのみならず、同部監督竹田芳文は同センターを練習に使用したいと内心考えてはいたが、その期日もいまだ具体化するに至らない段階であったことが認められる。
従って同③の事実については、工事の「目鼻がついた」のが五月七日であるとの点は真実でないとはいえないが(但し、再開したのは前記のように同月一日ではなく五日である)、本件記事においては前記のように四月の月末まで改修工事を行なう予定であることが前提となっているのであるから、一般読者に対し、原告の結婚披露パーティーのために改修工事が予定より一週間遅れたとの誤った認識を植えつけるものであるし(本件記事はその前文に「工事が予定より一週間も遅れた」と明記している)、「結婚披露で改修工事遅れる」との見出しは明らかに真実に反する。また、改修が遅れたために予定されていた前橋商業高校バレーボール部の強化練習が中止(見出しおよび前文では「延期」)になったとの点は虚構の事実と認めざるを得ない。
新聞記事の真実性は、必ずしもその記事の末端に至るまで要求されるものではなく、その主要な部分について存在すればよいのである。ところで本件記事は、原告の公人としての姿勢を批判するために書かれたものであることは、被告らも自認するところであるから、本件記事の主要部分は右批判部分であるというべきである。そして、以上認定したところによれば、本件記事はその主要な部分であるところのこの批判部分において、正に真実であるとは認められない。従って、本件記事が公共の利害に関する事実であって、被告らがもっぱら公益を図る目的でこれを取材、執筆、掲載したものであるか否かについて判断するまでもなく、被告らの主張は失当である。
三 真実と信じることの相当性
被告らは、本件記事に記載された事実を真実と信ずるについて過失がないと主張する。
まず原告の結婚披露パーティーによって県立スポーツセンターの床改修工事が遅延したとの点については、被告甲野本人の尋問の結果中には、被告甲野は四月上旬に前橋商業高校校長高野栄次郎および同校バレーボール部監督竹田芳文より同センターの改修工事が遅れていると聞き、さらに四月下旬ないし五月上旬にある市会議員から同センターの館長が再三断わったにもかかわらず原告が県会議員を動かして同センターを無理に借りたと聞いた、そこで同センターの田島館長に面会して取材したところ、同館長は工事計画が遅れた理由として第一に四月一四、一五両日を群馬大学の新入生オリエンテーションに使用させることとなったことを挙げ、さらに同月二七日に民謡大会を開催することの申込み、同月二九日に原告が使用したいとの申込みがあったが、いずれも断わっていたところ、原告から同館長に「貸さなければ県会議員をそちらに向けるから」との電話があり、また県庁の藤口体育課長から同センターに「まあ民謡大会もあることだから貸してやれ」との電話があったので、民謡大会と抱き合わせで渋々原告に貸すこととした、そのために工事が五月に延びてしまった旨語ったことなどから、原告が結婚披露パーティーのために同センターを無理に借りたことによって同センターの床改修工事が遅延したとの事実が真実であると信ずるに至った旨の供述がある。しかしながら、右供述は≪証拠省略≫に照らしにわかに措信し難く、むしろ≪証拠省略≫によれば、被告甲野が右田島館長に面会して取材した際、同館長は被告甲野に対して、当裁判所が前記のように認定した内容の事実を語ったことが認められる。また≪証拠省略≫によれば、被告甲野からの電話によって本件記事が掲載されることを予知した原告が、掲載の前日である五月七日に被告新聞社前橋支局を訪れて土屋支局長および湯沢次長に対し記事の内容について注意を促したことが認められ、この点からしても被告甲野にはさらに工事の請負業者から取材する等の慎重な裏付調査をなすべき義務があったというべきである(本件記事の内容および原告の結婚披露パーティーが四月二九日であるのに本件記事の掲載されたのが五月八日であって、その間充分な時間的余裕があり、しかも本件報道には特段の迅速性が要求される公共的理由があるとも考えられない)。してみれば、被告甲野が本件記事中前記の点を真実と信ずるについて過失がないと認めることはできず、他に被告らの主張に沿う証拠はない。
次に五月に予定されていた前橋商業高校バレーボール部の強化練習が中止又は延期されたとの点については、≪証拠省略≫中には、被告甲野が前記高野校長および竹田監督から、同部としては高校総合体育大会のバレーボールの主会場となる同センターにおいて是非強化練習をしたい、その具体的な練習計画もあると聞いて、右の点を真実と信ずるに至った旨の供述がある。右供述は≪証拠省略≫に照らしにわかに排斥することはできないが、被告甲野が前橋商業高校バレーボール部関係者や同センター関係者に対して、さらに強化練習の期間や同センターへの使用申込の有無について取材をしたと認めるにたる証拠はない。してみれば、右の程度の取材をなしたことをもって、被告甲野が本件記事中前記の点を真実と信ずるについて過失がないと認めるわけにはいかず、他に被告らの主張に沿う証拠はない。
よって、被告らの無過失の主張は採用しない。
四 原告の名誉の回復
≪証拠省略≫によれば、被告新聞社が原告の抗議に応えて、昭和四四年五月二〇日付、二六日付の各毎日新聞群馬版紙上において、被告ら主張の如き記事を掲載したことが認められるが、右各記事は、本件記事によって毀損された原告の名誉を回復するに充分なものであるとは考えられないし、むしろ≪証拠省略≫によれば、被告新聞社は同年六月二三日付毎日新聞群馬版の評論記事「利根週評」中で、原告の名前こそ出していないが明らかに原告を指して原告が県立スポーツセンターで結婚披露を行なったことにつき、なおも原告が市議会議員たる地位を利用して横車を押し無理に同スポーツセンターを会場として借り受けたかのような印象を与える批判記事を掲載したことが認められるのであって、以上の事実によれば本件記事によって毀損された原告の名誉が既に回復されたとは到底認めることができない。
五 被告らの責任
本件記事が、被告新聞社の被用者である被告甲野の、被告新聞社の事業の執行としての取材、執筆に基くものであることは、当事者間に争いがない。そうすると、被告甲野には自己がなした名誉毀損により原告が被った損害を賠償する義務があるし、被告甲野の選任監督につき被告新聞社において相当の注意を払ったとの主張、立証のない本件においては、被告新聞社には民法七一五条により、使用者として右損害を賠償する義務がある。
六 損害賠償の方法と程度
≪証拠省略≫によれば、原告は青年弁護士として、また新進政治家としてそれ相当の社会的評価を保持していたこと、ところが本件記事が頒布されたことによって、その支持者等に対して疑惑を抱かせ、信用が低下したことが認められる。このように原告は、本件名誉毀損によってその法律家として、政治家としての社会生活上悪影響を受ける立場にあり、また本件名誉毀損が新聞報道の方法によって行なわれたからには、原告の被った損害を救済するには、その名誉を回復するために、被告新聞社をして新聞紙上において謝罪広告をさせるのが適当な処分である(被告甲野については後に述べる)。被告新聞社は読者の信頼を受けているわが国の一流新聞社なのであるから、その公器としての使命を果たし、読者の信頼に答えるためにも、謝罪広告をなすべき責を免れない。
ところで、謝罪広告の内容、規模、回数は、被害者の社会的地位、名誉毀損の方法、程度等一切の事情を斟酌して決めるべきところ、叙上認定したすべての事実を斟酌すれば、謝罪広告の内容は別紙(一)のとおりその規模は主文第一項記載のとおりとするのが相当である。また、原告は謝罪広告を、毎日新聞群馬版のほかに朝日新聞、読売新聞の各群馬版および上毛新聞にも掲載することを求めるが、前記の事情のほかに新聞の読者が一般にかなり固定していることを考えれば、原告の名誉を回復するには、原告の名誉を毀損した本件記事が掲載された毎日新聞群馬版紙上に謝罪広告を掲載するのが最善にして充分な方法であると考えられる。よって右の謝罪広告を毎日新聞群馬版に一回掲載すべきことを被告新聞社に命ずるのが相当である。
次に被告甲野のなすべき損害賠償については、≪証拠省略≫によれば、同被告は本件記事取材、執筆の当時いまだ新聞記者経験二年に過ぎず、若年者にあり勝ちな功名心に駆られ血気に早ったため本件報道に及んだものと認められること、同被告の直接の上司である前橋支局長土屋夏彦は充分経験もある年配者であるから、同被告に慎重な行動をとるよう指導すべきであったのに、その点のみならず本件の事後処理においても遺憾な点があったことなど同被告にも同情すべき事情がなくもない。また既に被告新聞社に対し謝罪広告をなすことを命ずる以上、それによって原告の名誉は回復されるのであるから、上記の事情のもとにおいては被告甲野に対し慰藉料の支払いを命ずるのは格別、敢えてその氏名を謝罪広告に明記して公衆に汚名を曝らすのは同被告に対し酷に過ぎて原告の名誉を回復するに適当な処分たるの程度を超えるものというべきである。よって、被告甲野に対しては謝罪広告をなすことを命じない。
七 結論
よって、原告の被告新聞社に対する請求は主文第一項記載の限度でこれを正当として認容し、その余は失当として棄却し、被告甲野に対する請求はこれを失当とし、訴訟費用の負担につき、原告、被告新聞社間においては民事訴訟法八九条、九二条本文を、原告、被告甲野間においては同法八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 植村秀三 裁判官 松村利教 近藤崇晴)
<以下省略>